お遍路の旅

空海について

お遍路の旅を考えておられる方は、空海についてもう少し詳しく知っておきましょう。

 

空海は774年、讃岐国多度郡に生まれました。真言宗の伝承では、空海は不空三蔵の生まれ変わりであると考えられており、不空の入滅日である6月15日を誕生日としていますが、正確には不明となっています。

 

俗名は佐伯真魚(さえきのまお、またはまな)といいます。今では広く知られている「弘法大師」の名は、921年に醍醐天皇から贈られたものです。

 

792年に、18歳で京の大学寮に入り、明経道を専攻します。ですが、翌年の793年、大学での勉強に物足りなさを感じ、山林に入り修行を始めました。

 

この頃より唐へ渡るまでの空海の足取りは、資料も少なく、よく分かっていません。御厨人窟(みくろど)での修行中に、明星が口に飛び込んできて悟りを開いたといわれています。

 

空海の名は、悟りを開く間に目にしていたものが空と海だけだったことから名乗るようになったとも伝わっています。

 

804年、遣唐使の留学僧として唐に渡ります。806年、多数の経典、曼荼羅、密教法具、阿闍梨付属物など膨大な品物と一緒に、日本へ帰国します。817年、修行の道場として高野山を開山し、835年3月21日、高野山にて入滅します。

 

死因は病死で、遺体は荼毘に付されたとする説もありますが、入定したとも言われています。

 

お遍路の旅には欠かせない、杖に書かれてある「南無大師遍照金剛」の文字は、入定し、今も高野山の奥で生き続けると信じられている空海の、崇敬をこめた呼び名です。